10.



 我等みな住まう いえろうさぶまりん に



 ほとんど誰も知らないことだったが、クローヴィスはいつも、講義棟の一画にうずくまる、使われなくなった倉庫で休んでいた。
 いたるところに木箱が放り出され、寒くて埃っぽくて、ただ朝になると、半円形の大きな窓から白い光が音もなく床に落ちるだけの場所だ。
 昔ここに閉じ込められて死んだ女生徒の幽霊が出る。などと、学徒らの間で囁く遊びがあった。
 その孤独な聖域に、朝、学院長が鳥類のように踏み込んできて、窓際で休んでいたクローヴィスの襟元をいきなり掴み上げた。

「やりおったな……!!」

 揺り起こされたクローヴィスが瞼を開き、眉根を寄せる。
 学院長は、怒り狂うあまり、相手が誰であるかも忘れていた。白い額に青筋を立て、クローヴィスの美しい顔に自分の顔を寄せて唾を飛ばす。

「とぼけても無駄じゃ! おぬしがガニアを脅迫するのを、多くの学者や生徒が見ておる!! 昨夜、遅くに中庭を横切るのも、天文観測の生徒らが見ておるわ!! とうとう、やりおったな、この気違いめ!! 貴様なぞただ鉱脈を掘り当てた山師に過ぎぬに、思い上がりおって……!! このわしの顔に泥を塗るか!! 当てつけか!! 死に損ないの病人めが、よりにもよって今この時に、このような問題を起こすとは……!!」

 クローヴィスは、無言のままだった。その表情は、怒りと侮蔑というよりも、迷惑と戸惑いの色が濃いように思われた。
 学院長の側はこれまでの鬱憤が――、彼に対する妬みと劣等感と怒りと恨みが一気に爆発して抑制を忘れていた。こともあろうに、英雄クローヴィスを突き飛ばし、壁に叩きつけてから身を離した。

「わしが事を収めるまで、ここを動くな! これ以上の勝手な真似は許さぬからそう思え!! すぐに現場を片づけなくては……!! いや、それより、参事に書簡を……!!」

 最後は自分の事情でいっぱいになりながら去っていく。
 扉が閉められる。それから、金属のこすれ合う音がして、扉に錠が下ろされたのが分かった。
 背後からの白い光を受けながら、クローヴィスは窓辺に座ったままだった。
 いや、わずかに、眉の間に影があった。




 我等みな住まう いえろうさぶまりん に 



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