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 つまりなんだ。
 俺はこれまで、非常に狭い世界のことしか知らなかったんだな。
 ずらりと並んだ近衛兵。カードの手札のように、どこまでも続く、生気にあふれた同年代の横顔。制服と長靴。精悍と白皙。
 四年間、ほぼ毎日、それだけの世界で生きてきた。
 あと、近衛兵以外に付き合いのある相手といったら、宮廷に出入りする執事クラスの使用人や、若い役人や、気のいい貴族の坊ちゃん、嬢ちゃん――やらで。
 みな教育を受けた平和な連中だ。極めて限定されていた。
 俺は、恵まれていた。
 そのこと自体を、強く自覚する。
 この世には、もっと違った場面や登場人物だってあるのだ。たとえば旧兵舎。たとえば墓地の田舎屋敷。たとえば監獄。例えば農夫兼大尉。たとえば、北ロマ人。
 たとえば手枷と手縄。たとえばその持ち手を取り、犬を引くように人を牽引する、自分。
 たとえば――双子。
 五十がらみの、しかもあまり美しくない、おっさんの。





「??!!」
 犬屋の真似をして、旧兵舎の、資源部長の部屋へ向かった俺は、部屋に踏み入るなり、絶句した。
 そこには、イェルセン中佐と、ザンダー大尉がいた。
 さらに部屋のどん詰まり、贅沢なルネサンス風の机の前に、全く同じ顔をした、揃っておかっぱ頭の、ちっこいおっさんが、二人立っていた。
 かろうじて、衣服は違う。しかし、全く同じ身長。全く同じ立ち姿。しかも全く同じようにコロンと太って、パイプを口にくわえ、煙までご丁寧に左右対称で噴出している。
 それこそまるで赤黒のキングを二枚向かい合わせに置いたようだった。
 あまりの驚異に、呆気にとられていると、ザンダーが忍び寄ってきて耳打ちした。
「エイナル君。敬礼」
 慌てて敬礼をすると、おっさん方は揃ってぐしゃっと顔を歪め、残虐な感じに笑った。
 まるで暗黒童話の世界だった。
 すごいですね。なんの冗談ですか、これ。と言って笑いたかった。
 できないことは、分かっていたが。
 ザンダーは俺の顔つきを見て短く苦笑するや、発言を封じるかのようにもう一度囁いた。
「警察省のスヴェン・アクタード長官と、わが資源部部長のノエル・アクタード少将です。お二人は双子のご兄弟でいらっしゃるのです。――けっこう、有名な話ですよ」






 俺は、何も知らなかった。ほんの背中合わせの世界についてさえ、何も知らなかった。
 限られた内部でだけ、守られて生きていた。
 俺は、恵まれ、甘ったれていた。
 よく分かった。
 よく分かったから――叫んでいいだろうか。


 お願いだから、限られた世界へ返してください!





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