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『阿片吸引者Qの回想録』 より


 しまいに、わたしはそのヴェリテイジ人を遠ざけ、完全に縁を切った。相手の反抗もあり、簡単なことではなかったが、わたしにはそうするより他にしようがなかったのである。
 わたしの友人でさえ、わたしとかれの仲たがいを不思議がった。かれはその振る舞いを見る限り、完全にわたしの仲間であったからだ。
 しかし、にもかかわらず、かれは贋物だった。かれは、たくさんの本を読み、たくさんの話を聞き、たくさんの想像力でもって、逸脱者としての自らを作り上げ、演技しているに過ぎなかった。
 かれは、逸脱者に『なろう』としていた。より完全な、より真性の逸脱者になろうという欲望があった。
 そのためにわたしに近づき、仲間として多くの時間を過ごそうとし、わたしに議論をふっかけ、わたしの人生と混ざろうとしたのである。
 かれは無意識だったかも分からない。かれ自身は、自分を本物と思い込んでいたかもしれない。
 しかし、本物には、選択の余地はないのである。逸脱者とは、本当に譲ることの出来ない瞬間、最高に誠実な決断をして、しかもそれが社会の側から見れば逸脱であるといった人間のことを言うのである。
 同性愛者を例に考えてみればすぐ分かるであろう。かれらにはもともと反社会的な意図など微塵もない。ただ、自らに愚直に生きた結果、常道から外れざるを得ないだけである。
 逸脱には多様な形態があり、深刻な場合も軽い場合も、自覚がある場合もない場合もある。しかし、それは少なくとも、制御不可能なしろものである。
 かれは勘違いをしているのだ。人は、逸脱者に『なる』ことはできない。逸脱者で『ある』のである。そしてすべての逸脱者が、必ず何らかの形で、その運命との対決を強いられ、苦しんでいる。
 だから、逸脱者になろうなどと考えることは、冒涜である。また、そんな似非逸脱者が群がって議論などを戦わせたところで、どちらの側にも(社会の側にも、われわれの側にも)百害あって一利もない。
 わたしは当時、外からどう見えたにせよ、自らの逸脱の深さに苦しみ、爆発し、粉々に破滅せぬようにと常に必死だった。芝居につき合ってやる余裕などなかったのである。
 わたしは、かれに、言えるならば言いたかった。
 国に帰りたまえ。そして、君がなんらかの理由で自分にそぐわないと考えた、ルールの中へ黙って戻るがいい。
 君には才能があった。見えないルールを探り、ルールに従ったふりをする才能が。きっと国では成功できるに違いない。


 ――ところで、ヴェリテイジ人は一般に、勤勉、正直、礼儀正しいと追われる。これは一体、本当なのだろうか。
 わたしはかれを遠ざけた頃、大いに疑ったものである。
 かれらは、かれと同じように、贋物なのではないか。ただ、ルールに従っているだけなのではないか。無論、本物の勤勉と贋物の勤勉を区別せねばならない理由をわたしは今、思いつけない。だが、本物の正直と贋物の正直。本物の礼儀正しさと贋物の礼儀正しさは、区別しても良いような気がする。
 私はかれらが単なる服従者に過ぎないのではないかと疑っているのである。
 ある決まりが命じる限りは、かれらは善良なる人間だろう。だが、決まりが変われば、その決まりが非道を命じれば、かれらは諾々とそれをするのではないかと思っているのである。
 例えば、巨大な火葬場を作って、社会にとってなんの利益にもならないコガネムシを全部焼くという計画が決定されたら、かれらは、同じだけの従順さでもって、それをやるのではないか。そして理由を尋ねられたら、だってここではそういうものなのですから、などと言い出すのではないだろうか。かれらは自分がそうする理由を、自分では説明できないのではないか――。


 ともかく、一つだけ役に立ちそうな知恵がある。
 あなたの乗っていた船が沈没したとき、救命ボートの席を誰かに譲って欲しかったら、近くのヴェリテイジ人にこういえばよい。
『決まりでそうなっていますよ』。
 きっと海に飛び込んでくれるだろう。


 かの国にも、本物の逸脱者はいるだろう。
 その人間はやっぱり孤独だろう。
 かれら大勢のヴェリテイジ人が、少数のヴェリテイジ人に対し、どんな『規則正しい』行動を取っているのか、知りたいものである。




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