XYXYXX (25)



 話は飛ぶのだが、2008年の終わりに、雑誌社で対談企画があった。
 その雑誌は、小規模だが、真面目な態度で作られてきたもので、My Entertainment Lifeという名前だった。
 『2008年のエンタメを振り返る』という年末特集の中で、『新しい潮流 問題提起の場としての小劇場』と銘打たれた対談に呼ばれたのだ。
 参加したメンバーがすごくて、記者のほかに、俺と住友と、半井(なからい)氏(例の、京都出身の女性演出家)という構成だった。
 どうしてこうなったのかには理由がある。
 三人の作・演出家が同年、そろって社会問題をテーマにした作品を上演し話題になったからだ。
 小劇場は、出発時点では学生運動とも連動していたから風刺や政治的主題を持った作品も多かった。直接的な結論を求めるものではなくても、社会問題を扱い、それを悲惨で見ていられないがぐうの音も出ないほどの芸術作品に高めた作品群がその後の時代にも存在する。
 だがもう自分が大学に入った段階では、寧ろそういう社会的な生まじめさは一切捨てて、エンターテイメントにのみ特化した作品を作る劇団が主流で、ギャグや物語の面白さ、娯楽要素だけでどれくらい優れたものを作り出せるか、という挑戦をそれぞれがしているという状況だった。そして、何かそのほうがよりクールだし、より高等な試みであるという共通認識もあったと思う。
 まさに劇団プール自体が、そういう娯楽を追求してきた劇団だ。そんな俺が、対談に呼ばれたのは、もちろん六月に第八回公演『蝶のつばさ』で同性愛者の苦悩と死を描いたからである。
 半井氏も夏に在日朝鮮人の少女を含めた女性同士の友情をテーマにした作品を上演し、極めて高い評価を得ていた。自分も見たが、詩情に溢れ、ことばが美しく、芸術的で、素晴らしいものだった。
 あとは、どうして天球社の住友がいたのかということだが。
 住友も作ったからだ。
 嘘ではない。
 男同士の同性愛者の人生をテーマにした作品を作った。
 そしてそれは、プールの第八回公演の直前、なんなら重複した日程に上演された(彼らは大阪公演もやるからだ)。
 それは話題になった。客に感銘を与えとても話題になった。演劇雑誌はもちろん、一般の新聞の記事にもなっていたし、芸能関係の人々がラジオで語ったりもしたと聞く。
 だから、世間的にはむしろ、2008年を象徴する挑戦的な芝居を上演したのは天球社であり住友だったのだ。
 俺はただ、住友と半井氏が対談するなら、もう一人クッション的な誰かが欲しいねとなって、その場に呼ばれていたに過ぎない。
 それは住友に尊敬の目を注ぎ、必ず最初に話しかける記者の態度からも明らかだった。

MEL 『奇跡の子』は大きな話題になりましたよね。演劇関係者はもちろん、普段、演劇のことをほとんど語らないような小説家や、ミュージシャン、学者などからも言及が見られました。
住友 大きな反響をいただきました。
MEL 半井さんもそうだと思うんですが、これまであまり触れられていなかったテーマに挑むのは勇気がいりませんでしたか。


 きれいな、モダンな家具の並ぶスタジオの中で足を組んで座ったまま、俺は別のことを考えていた。
 彼らの話している、天球社の『奇跡の子』を見た時、俺がどんな気分になったかといったようなことを。
 住友はいつか言ったように、プールの事務所にチケットを送ってきていた。これまではなかったことだ。プールが正式に会社になったから、今後はビジネスライクにつきあいましょう、そういう意思表示なのかねとナラサチと半笑いで話し合った。
 俺と、ヒノデと、小島で見に行った(その頃には俺はイズミなしでヒノデと過ごせるようになっていた)。
 そして、渋谷シアターARCの赤いシートの上で凝固した。


 俺たちが、これから語ろうとしていたことを、先に語られた。


 もちろん、盗作だなどと言いたいわけではない。全然違う話だ。
 しかし、何と言ったらいいのだろう。あの、芝居のテーマが何であるかが分かった時の気持ちを。
 座席の中で痺れ重くなる肉体。髪の毛をつかんで後ろに引っ張られるような気持ち。
 上演中、小島が俺の横顔を何度か窺ったのを知っている。
 俺はなんでもないと思おうとした。
 話は全然違うんだから。
 まさか悪意があったなどとは思わない。住友はそういう意味で卑怯な人間ではない。俺たちが娯楽を離れて、同性愛をテーマにした真面目な作品を作っているなんて思いもよらなかったはずだ。
 だから、これは仕方がない。
 たまたま二つの劇団が同じ時期に同じようなテーマの芝居を上演してしまっただけだ。こういうことはある。映画でも、音楽でも、小説でも。


 一通りのメンバーが『奇跡の子』を見終わったころ、稽古場でみんなにも言ったのを覚えている。
『天球社の芝居と、我々は違うから、我々は変わることなく、これまで通りにやればいい。変に気負うことはない』と。
 事実自分たちはそうした。そうするしかなかった。
 俺は器用ではない。もう完成に近かった芝居を今更改変できなかったし、そうすべきでもなかっただろう。
 そして六月、予定通り俺たちは『蝶のつばさ』を上演した。
 『先生』役は小島望。彼を裏切る恋人役は伊積陽生。そして俺の役は、林日出が演じた。
 拍手はもらった。思ったよりも受け入れてもらえた。あまりに毛色が違う雰囲気なので驚いたファンもいただろうが、冒険は許容され、公演は成功し、俺たちの苦労は報われた。
 その思いに嘘はない。


住友 ファンの方からの反響がすごかったですね。『こういう作品が見たかった』という声も多かったですし、若い人から、『普段考えたことのないことを考えるきっかけになった』『人に優しくしていきたい』という声を頂いたり。普段のアンケートとは書かれている内容が違いました。
半井 それは確かにそうですね。私は、お芝居を観ることで、これまでの生活の中で『あれっ?』と思っていたことが思い出された、という声が複数あったのが印象深かったです。隠されているものに気付きがあったと。ウチの秋山なんかは、あの役をやって始めて彼女が在日だと気づいた同級生がいっぱいいたと(笑)
住友 芝居にはそういう力がある、と思います。囁き、問題提起し、人の行動を変える力ですね。これはもともと芝居が根源的に持っている機能の一つですが、あまり使われていない場合も多いです。単に長い漫才、コントのようなものになってしまう。
MEL 『プール』のお客さんの反応はどうでしたか? 乾さん?


 あれは九月だったか、十月だったか。
 路上で、ファンに声を掛けられたことがあった。その時は小島と、ヒノデとイズミといた。
 あまりいい思い出でないので、ファンの顔は覚えていない。
 確かメガネをかけて、ストレートヘアだった。女性だ。興奮していたのか、もともとか、せき込むように多弁だった。
 彼女は、ヒノデとイズミに写真を頼んだ。二人は写真は断った。彼女もサインで妥協した。それから何故か彼女は俺に近づいてきて礼を言った。

 ――これだけ伝えさせてください。『蝶のつばさ』最高でした。感動しました。すっごい泣けました!

 俺はいつもの通り、短い感謝の言葉を返したと思う。
 最近はあまりファンに遭ってもへどもどしないで済んでいる。

 ――もう主人公がかわいそうで、自分だったらあんなひどい扱いしないのにって。

 退屈したヒノデが手を抜いたパーカーの長袖を振り回してイズミをぱしぱし殴っていた。

 ――同性愛の何がいけないんですかね? でも実際ああいうひどい人たちもいるわけですよね。理解できません。私なんか、イズミ君と小島君がキスしても全然構いませんよ! むしろ舞台でもしてほしかったくらい。

 彼女はどこか具合でも悪かったのだろうか。

 ――もし舞台でやってくれたら、もう拝み倒して泣きながら見させてもらいますから! ああ〜尊い! 尊い! って。


 その時に言ったのだったか、もっと後だったか。
 とにかく小島が俺の背後でこう言った。
「my life, yo entertainment」

 Just here for your amusement
 My life, your entertainment

 そういうヒップホップの曲がアメリカにあるんだそうだ。


住友 もっと芝居はそういう機能を取り戻してもよいと思います。社会の問題を見つめ、弱者の助けになるような。重く真面目なものを作ればよいと言いたいわけではなくて、エンタメ性との両立がネックだと思うんですが。


 『My Entertainment Life』誌のその対談記事における俺の発言は少ない。もともとあまり話さなかったが、そのうえカットされたからだ。


MEL 人を啓蒙するような、良質なエンターテイメントですね。海外では一般的ですが、日本ではやや遅れているようにも思われます。
住友 表現者は意地を張らずに素直にインスパイアされるべきだと思うんですよ。普段生きていて、色々考えるじゃないですか。でもそれを作品に出さないようにしている。そうじゃなくて、出すべきだと思うんです。それがまた大勢の、問題に気づいていない人をインスパイアするはずです。それに、当事者の人たちの励みになれば嬉しいです。その人たちが同じように自分を語る作品を作るきっかけになってくれたら。
MEL そろそろまとめたいと思いますが、――乾さん、いかがですか? 何かおっしゃりたいことはないですか?


「――そうですね」
 ずいぶん経ってから俺は言って、投げ出すようにして長いこと動かしていなかった両足を引き寄せた。椅子に深く座り直す。
「うまくまとめるのが難しいですが」
 眉根を寄せ、目を閉じ、誰の顔も見ないまま、我ながら暗い声で言った。


「俺らはお前らをインスパイアするための材料じゃない。お前らに助けてもらおうなどとも思ってない」


 静寂の中で目を開いた。
 記者のまぬけ面、いつからか目を伏せている半井氏の顔、――そして、虚を突かれ、明らかに狼狽した住友の顔が俺の前に並んでいた。
 住友は俺の八つ当たりを食らった。俺はそれを知っていた。
 長い間をかけて胸中に蓄積していた、ある類のファンに対するいら立ちを、俺は彼にぶつけた。
 投げつけてやった。


「『励み』だって。だれが頼んだ。あまり思い上がるんじゃないと言いたい」




 申し訳ないが、住友の動揺を見るのは娯楽だった。
 本当に心が震えて涙があふれ、前向きな気分になってインスパイアされた。

 俺は呟きながら、正月準備をする街を歩いて、劇団の事務所へ戻った。
 Your life, my entertainment.





(了)





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